マンション建て替えで資産価値はどうなるか — 公表事例の還元率と負担額で見る現実
結論から書きます。 建て替えで、元の住戸と同じ広さの新しい住戸を追加負担なしで取得できた(還元率100%前後)公表事例は実在します。一方で国土交通省の集計では、区分所有者1人あたりの平均負担額は竣工年代が新しいほど増え、2012〜2016年竣工の事例では約1,105.9万円でした1。「建て替えれば得をする」とも「必ず損をする」とも言えず、得をした事例には共通する条件が揃っていた、というのが公表資料から読み取れる現実です。
この記事は、築古マンションを所有していて建て替えの損得が気になる方と、建て替えを見込んで築古マンションの購入を考えている方に向けて、公表されている事例と公的データを整理したものです。特定の物件の購入や売却を勧めるものではありません。
1. 物差しは「還元率」と「負担額」
建て替えの損得を測る物差しとして、公的資料や業界では主に次の2つが使われています。
| 用語 | 意味 |
|---|---|
| 還元率 | 建て替え前の専用面積に対して、建て替え後に負担なく取得できる専用面積の割合。東京都の資料では「従前の専用面積に対して、従後負担なく取得できる専用面積の割合」と定義されています2 |
| 負担額 | 区分所有者が建て替え後の住戸を取得するために追加で支払う金額。還元率が100%を下回る場合や、元より広い住戸を選ぶ場合に発生します |
| 保留床 | 建て替えで増えた床のうち、元の区分所有者以外に分譲する部分。この売却収入が工事費に充てられます |
| 延床倍率 | 建て替え前の延床面積に対する、建て替え後の延床面積の割合2 |
還元率100%は「同じ広さの住戸を追加負担なしで取得できた」ことを意味します。ただし、これは市場価格がいくら上がったかを示す数字ではありません。今回の調査では、建て替え事例ごとに「売却価格が建て替え前後でいくら変わったか」を示す公表データは見つかりませんでした。この記事で数字として示せるのは、還元率と負担額までです。
2. 公表事例の比較表
公表資料と報道で確認できた事例を、還元率・負担額・規模の変化で一覧にしました。「非公表」は、確認した資料に記載がなかったことを示します。
| 事例(所在地) | 戸数 | 延床面積・敷地 | 容積率 | 還元率 | 区分所有者の負担 | 竣工 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 諏訪2丁目住宅 → Brillia多摩ニュータウン(多摩市) | 640戸→1,249戸3 | 延床 34,037.13㎡→124,904.05㎡(約3.67倍、試算※)3 | 従前50%4、従後150%(報道)5 | 約100%(報道)5 | 従前と同程度の広さ(約49㎡)は無償取得と報道5 | 2013年3 |
| 月島コーポ → オーベル月島リバージュグラン(中央区) | 30戸→126戸6 | 敷地 483.49㎡→2,081.51㎡(隣接地1,598.02㎡を含む)6 | 割増しあり(数値非公表)6 | 非公表 | 「自己負担なし」と事業者が公表6 | 2001年6 |
| 調布富士見町住宅(調布市) | 5棟176戸→331戸7 | 延床 10,470㎡→35,810㎡(約3.42倍、試算※。マンション再生協議会の資料では約35,060㎡)87 | 80%→200%(一団地の住宅施設→地区計画)7 | 非公表 | 非公表 | 2015年7 |
| 四谷コーポラス(新宿区) | 28戸→51戸(計画、報道)9 | 非公表 | 非公表 | 非公表 | 「1戸当たり数千万円程度の持ち出し」と報道9 | 2019年7月予定(2017年時点)10 |
| 同潤会江戸川アパートメント | 258戸→240戸11 | 非公表 | 容積を確保できず一部既存不適格11 | 50%程度11 | 追加負担が発生11 | 2005年11 |
※延床倍率の試算式: 建て替え後の延床面積 ÷ 建て替え前の延床面積。諏訪2丁目は 124,904.05 ÷ 34,037.13 ≒ 3.67、調布富士見町は 35,810 ÷ 10,470 ≒ 3.42。
表から読み取れるのは、還元率100%前後や「自己負担なし」が確認できた事例では、床面積や敷地を大きく増やせていたという点です。逆に戸数が減った江戸川アパートメントでは還元率が50%程度にとどまりました。
3. 得をした事例: 何が揃っていたか
諏訪2丁目住宅(多摩市)
多摩ニュータウン初期に分譲された団地で、23棟640戸が7棟1,249戸に建て替えられました3。東京都の資料によると、延床面積は34,037.13㎡から124,904.05㎡に増えています。敷地面積は64,399.93㎡で変わっていません3。
事業に参加した東京建物の公表資料では、従前は「容積率50%・建蔽率10%」という条件でした4。2006年(平成18年)に「一団地の住宅施設」から地区計画に都市計画が切り替わっています3。AERA(2017年7月31日号)は、容積率が150%に緩和され、増えた住戸を分譲して再建費に充てた結果、元の住民は約49㎡の住戸を無償で取得できた(還元率100%)と報じています5。
決議は2010年(平成22年)に団地一括建替え決議として成立し、賛成は92%でした3。ただし、同じAERAの記事は、リーマン・ショック後に仮住まい補償が削減され、住民の負担が増えたことも伝えています5。
月島コーポ(中央区)
1954年に社宅として建てられた4階建30戸のマンションです。事業協力者の長谷工は「隣接する研究所敷地を含めた一体開発」で容積率の割り増しが認められ、「所有者の方々の自己負担なしの建替えを実現することができました」と公表しています6。敷地は483.49㎡から、隣接地1,598.02㎡を含む2,081.51㎡に広がり、15階建126戸になりました6。元の敷地の約4.3倍(試算: 2,081.51 ÷ 483.49 ≒ 4.31)です。
4. 得にならなかった事例: 同潤会江戸川アパートメント
『限界マンション』の著者で大阪経済法科大学教授の米山秀隆氏によると、同潤会江戸川アパートメントは住居系の用途地域にあって容積を確保できず(一部は既存不適格)、等価交換で取得できる面積(還元率)は50%程度にすぎなかったとされます11。住民の追加負担は避けられませんでした。総戸数は258戸から240戸に減り、そのうち保留床として分譲されたのは106戸でした。1970年代初めから検討が始まり、建替え決議は2002年3月、竣工は2005年です11。
四谷コーポラスも、戸数は28戸から51戸に増える計画でしたが、東洋経済は「1戸当たり数千万円程度の“持ち出し”は必要になる」と報じています9。戸数が増えても負担ゼロになるとは限らないことを示す例です。
5. 公的データで見る全体像
平均負担額は増加傾向
国土交通省の調査(平成28年度 マンションの再生手法及び合意形成に係る調査、N=112)による、建て替え後の竣工年別の平均負担額です1。
| 建て替え後の竣工年 | 区分所有者の平均負担額 |
|---|---|
| 〜1996年 | 343.5万円 |
| 1997〜2001年 | 378.7万円 |
| 2002〜2006年 | 874.1万円 |
| 2007〜2011年 | 925.6万円 |
| 2012〜2016年 | 1,105.9万円 |
最も古い区分と最新の区分を比べると約3.2倍です(試算: 1,105.9 ÷ 343.5 ≒ 3.22)。同じ資料は「建替え実現事例の従前従後の利用容積の比率は低下傾向にある」としています1。床を増やせる余地が小さくなり、その分を区分所有者が負担している構図がうかがえます。なお、2017年以降の竣工分について、国交省の同じ形式の集計は確認できていません。
還元率の分布
再開発コーディネーター協会の若手勉強会が、マンション建替え円滑化法を使った29事例を整理した資料では、還元率は従前面積の0.6〜1.35倍(特殊事例として0.2倍)、延床の増え方を示す容積増進率は0.96〜4.43倍でした12。同資料に収録された実務家へのヒアリングでは「これまでの事業化事例は還元率80%程度」とされています12。
建て替え自体が少ない
国交省によると、マンション建て替えの実績は2025年3月31日時点で累計323件(約26,000戸)です13。一方、築40年以上の分譲マンションは2025年末時点で約158.8万戸あります14。建て替えに至るマンションは、老朽化したマンション全体のごく一部です。
6. 得をしやすかった条件の整理
以下は、公表資料や各媒体が「建て替えが実現した事例・負担が小さかった事例に共通する条件」として挙げているものです。過去の事例の傾向の整理であり、これらの条件を満たす物件が将来建て替えられる、あるいは値上がりすることを示すものではありません。
| 条件 | 公表資料・媒体の指摘 |
|---|---|
| 容積率の余剰 | 東京都の分析では、建て替えが実現した多くは容積使用率(指定容積率に対して使っている割合)に余裕があった。延床倍率が高いほど還元率も高くなる傾向2 |
| 立地 | 同じ東京都の分析で、建て替えが実施された多くは駅の近くに立地2。再開発プランナーの山田尚之氏は「容積率に余剰があり建物を大きくできること、市場性があって売れること」の2条件が必要と発言15 |
| 敷地規模 | 東京都の分析で、建て替えが実施された多くは敷地面積500㎡以上2 |
| 隣接地の取り込み | 月島コーポは隣接地を含めた一体開発で容積率の割り増しを受けた6。2026年4月1日施行の改正で、隣接地・底地の所有権を建て替え後の区分所有権に権利変換できる仕組みが加わった16 |
| 容積率緩和の制度 | 諏訪2丁目は地区計画への切り替えを経て事業化3。改正マンション再生円滑化法では、要除却等認定を受けたマンションの建て替え・更新に容積率緩和と高さ制限の緩和の特例がある(高さ特例は敷地面積500㎡以上などが条件)16 |
反対に、都心部については山田氏が「最初から容積率を使い切って建てていますから、余剰が出せない」とし、港区の例で「100%還元は無理で、せいぜい80%がいいところ」と述べています15。
7. リスク: 長期化・追加負担・決議不成立・清算
長期化: 諏訪2丁目では「建替え検討開始から建替え決議まで約19年」かかりました3。江戸川アパートメントは1970年代初めの検討開始から2002年の決議まで約30年です11。
追加負担: 前述の平均負担額のほか、諏訪2丁目のように事業の途中で経済情勢が変わり、補償が減ることもあります5。負担額の計算の仕組みと、工事費の変動による清算についてはマンション建替えの費用と住民負担にまとめています。
決議の要件: 建替え決議は原則として区分所有者と議決権の各5分の4以上の賛成が必要です。2026年4月1日施行の改正区分所有法で、耐震性の不足など5つの「客観的事由」がある場合に限り4分の3に下がりました。原則が4分の3になったわけではありません17。所在が分からない区分所有者を、裁判所の認定で決議の母数から外せる制度もできています17。決議要件の詳細はマンションを建て替えられる基準で解説しています。
貸している場合: 改正法では、建替え決議が成立すると、金銭補償を前提に賃貸借を終了させられるようになりました17。賃貸に出している住戸の家賃収入が途中で途切れる可能性があります。
敷地売却での清算: 建て替えではなく、敷地ごと売却して区分所有関係を解消する選択肢もあります。改正後は区分所有法の多数決で売却を決められるようになりました18。マンション再生円滑化法による敷地売却等は、2025年3月31日時点で累計17件(約1,300戸)です13。この場合は新しい住戸を取得せず、売却代金の分配を受けて退出することになります。個別事例の分配額は、今回の調査では公表資料で確認できませんでした。
不動産会社の宮田明典氏(ハウスクローバー)は、建て替えを前提にした中古マンション購入は高リスクだとして、建て替えが実現しなくても住み続ける価値があるかで判断する立場をとっています19。
8. 税制の特例がある(所在の案内)
マンション再生円滑化法による事業には税制上の特例があります。国交省の「マンション再生円滑化法 関連税制措置(令和8年4月時点)」によると、主に次のものです20。
- 権利変換で建て替え後のマンションに残る人: 従前資産の譲渡がなかったものとみなす措置
- 転出する人: 居住用財産の3,000万円特別控除、やむを得ない事情がある場合の1,500万円控除、長期譲渡所得の軽減税率(2,000万円以下の部分で所得税15%→10%、個人住民税5%→4%。令和10年12月31日まで)
床面積などの適用要件があり、個別の事情で使える特例は変わります。権利変換の扱いは国税庁の法令解釈通達にも掲載されています21。実際の申告については、税務署または税理士に確認してください。
まとめ
- 還元率100%前後・自己負担なしの公表事例(諏訪2丁目住宅、月島コーポ)はあるが、床や敷地を大きく増やせた事例だった
- 国交省データでは平均負担額は竣工年代が新しいほど増え、2012〜2016年竣工で約1,105.9万円
- 容積率の余剰・駅からの近さ・敷地規模・隣接地の取り込みは、過去の実現事例に多く見られた条件だが、将来の建て替えや値上がりを保証するものではない
- 建て替えは検討開始から20年以上かかる例もあり、決議は原則5分の4
公表事例を見る限り、建て替えの損得を左右してきたのは、容積使用率と、そこから見込まれる還元率・負担額でした。所有するマンションで建て替えの検討が始まった場合は、管理組合から示されるこれらの数字が判断材料になります。
この記事は、確認日(2026年10月9日)時点で公開されている資料・報道をもとに作成しています。個別のマンションの建て替え可否や資産価値の変化を示すものではありません。不動産の購入・売却・投資の判断はご自身の責任で行い、最新の制度・事例は国土交通省・法務省・各自治体の公式情報や、弁護士・税理士・マンション管理士などの専門家にご確認ください。
出典・注
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国土交通省「団地型マンション等の現状について」(住宅団地の再生のあり方に関する検討会(第2期)第4回 資料1、2018年6月8日)p.7・p.16。原典は「平成28年度マンションの再生手法及び合意形成に係る調査」。https://www.mlit.go.jp/common/001239928.pdf (確認日 2026-10-09) ↩ ↩2 ↩3
-
東京都 資料3「マンション再生の状況」p.2(H25年度東京都都市整備局調査による)。https://www.juutakuseisaku.metro.tokyo.lg.jp/documents/d/juutakuseisaku/shiryo_26_08_03 (確認日 2026-10-09) ↩ ↩2 ↩3 ↩4 ↩5
-
東京都「諏訪二丁目地区(マンション建替えタイプ)」。https://www.mansion-tokyo.metro.tokyo.lg.jp/pdf/34saiseisokusshin-list/34saiseisokusshin-list-04.pdf (確認日 2026-10-09) ↩ ↩2 ↩3 ↩4 ↩5 ↩6 ↩7 ↩8 ↩9
-
東京建物「建替え体験記 諏訪2丁目住宅(Brillia 多摩ニュータウン)」。https://tatekae.brillia.com/experiences/interview02.html (確認日 2026-10-09) ↩ ↩2
-
AERA 2017年7月31日号(富士見団地のサイトに転載されたPDFで確認。二次掲載のため補助的な出典として扱う)。http://fujimi-danchi.org/06_shiryou/2018/images/06_20180826_01_04.pdf (確認日 2026-10-09) ↩ ↩2 ↩3 ↩4 ↩5 ↩6
-
長谷工コーポレーション「月島コーポ」建替え実績。https://www.haseko.co.jp/saisei/works_rebuilding/east6.html (確認日 2026-10-09) ↩ ↩2 ↩3 ↩4 ↩5 ↩6 ↩7 ↩8
-
マンション再生協議会 建替え事例「調布富士見町住宅」。https://m-saisei.info/tatekae/enkatsukajirei/ta_jirei_51.html (確認日 2026-10-10。別モデルによる出典照合済み) ↩ ↩2 ↩3 ↩4
-
旭化成 マンション建替え事例「調布富士見町住宅」。https://www.asahi-kasei.co.jp/mansionlab/example/chofu.html (確認日 2026-10-09) ↩
-
東洋経済オンライン「老朽マンション、建て替えタダは都市伝説だ」(2017年7月24日、真城愛弓)。https://toyokeizai.net/articles/-/181490 (確認日 2026-10-09) ↩ ↩2 ↩3
-
旭化成 ニュースリリース(2017年5月30日)四谷コーポラス建替え。https://www.asahi-kasei.com/jp/news/2017/ho170530.html (確認日 2026-10-09) ↩
-
米山秀隆、幻冬舎ゴールドオンライン。https://gentosha-go.com/articles/-/33560?page=3 (確認日 2026-10-09) ↩ ↩2 ↩3 ↩4 ↩5 ↩6 ↩7 ↩8
-
再開発コーディネーター協会 若手勉強会 テーマ③「マンション建替え」発表資料。https://www.urca.or.jp/info/wakate/pdf/doc_3pan.pdf (確認日 2026-10-09) ↩ ↩2
-
国土交通省「マンション建替え等の実施状況」(2025年3月31日時点)。https://www.mlit.go.jp/jutakukentiku/house/content/001903860.pdf (確認日 2026-10-09) ↩ ↩2
-
国土交通省「築40年以上の分譲マンション戸数」(2025年末現在)。https://www.mlit.go.jp/jutakukentiku/house/content/001903887.pdf (確認日 2026-10-09) ↩
-
ダイヤモンド・オンライン「《再生への道 3》建替え 建替え成功の鍵を握る合意形成と専門家の起用」(2014年10月3日、山田尚之氏の発言)。https://diamond.jp/articles/-/59743 (確認日 2026-10-09) ↩ ↩2
-
国土交通省 講演資料(令和7年10月26日)p.23-24。https://www.mlit.go.jp/jutakukentiku/house/content/001971529.pdf (確認日 2026-10-09) ↩ ↩2
-
法務省民事局「区分所有法・被災区分所有法の改正について」(令和8年4月)p.6, p.11。https://www.moj.go.jp/content/001460460.pdf (確認日 2026-10-09) ↩ ↩2 ↩3
-
国土交通省「要除却等認定実務マニュアル」(令和8年3月改訂)1.2。https://www.mlit.go.jp/jutakukentiku/house/content/001993385.pdf (確認日 2026-10-09) ↩
-
ハウスクローバー 宮田明典「中古マンションの建て替え狙いは有り?」(2026年8月25日)。https://houseclouver.jp/chuko-manshion-tatekaenerai/ (確認日 2026-10-09) ↩
-
国土交通省「マンション再生円滑化法 関連税制措置(令和8年4月時点)」。https://www.mlit.go.jp/jutakukentiku/house/content/001993459.pdf (確認日 2026-10-09) ↩
-
国税庁 法令解釈通達(権利変換関係)。https://www.nta.go.jp/law/joho-zeikaishaku/shotoku/joto-sanrin/050228/09.htm (確認日 2026-10-09) ↩